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生きるヒント~人生を変えるコラム集ストレージ

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人間関係

人間関係 relations〜その2

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癒着した関係(共依存)の犠牲から解放される


生きるヒント~人生を変えるコラム集ストレージ : 相手の欠点?それとも・・・

誰かとの癒着した関係は自分自身を見失ってしまいます。

どこまでが自分で、どこからが相手なのかが曖昧で、その結果自分の中心がどこにあるのかわからなくなってしまうのです。

 

その結果、今感じているのが自分本来の感情なのか、相手の感情なのか区別がつかなくなります。

 

癒着した関係は、両親や配偶者や自分の子どもとの関係で特に多く発生する、いわゆる共依存と呼ばれる関係です。

 

たとえばお子さんのいらっしゃる方なら、自分の子どもに関すること、進学の問題などで、それがうまくいったときにどのように感じるかを考えてみましょう。

 

まず、子どもが達成できたことに対して喜びを感じるでしょう。

子どもにおめでとうを言った後、癒着のない関係であれば、今度は自分がここまで子どもを育ててきたことへの自負を感じたり苦労をねぎらったり、自分自身に関しても喜びを感じるものです。

 

ところが癒着が進んでいると、親の喜びは子どもの喜びや成功次第になってしまう場合があります。

 

「私はどうでもいいのよ、あなたが喜ぶ顔が見られるだけでいいの」という言葉も、これだけでは判断出来ませんが、中には「私はどうでもいいの」と言う言葉が文字通りの意味になっている関係もあるのです。

 

親の方が自分自身についての喜びその他の感情を、すべて子どもの感情で肩代わりしているような場合が見られます。

 

親自身の感情は、子どもが関係してくるとどこに行ってしまったのかよくわからない状態になっています。

 


生きるヒント~人生を変えるコラム集ストレージ : 私の責任はここまで!

パティーのように、何を言おうと相手の責任にしてしまうことが反射的になっている人もいるものです。

 

マーシーがどうであるかは、これだけではわかりませんが、彼女の立場の人間が自分の方に責任があると思ってしまうタイプだと、一方的な攻撃に負けて自分が悪いと思い始めてしまうものです。

 

さて、その場合パティーのような人間に出会ったから、かわいそうにマーシーは犠牲になったのだ、と考えればいいのでしょうか?

 

表面的に見ればそう見えますが、パティータイプとマーシータイプが出会うとき、このようなゲームは毎回繰り広げられることになるのです。

 

パティーは表面的には「迫害者」の立場をとる人です。しかしそれは力の強い側が弱い側を迫害するというものとは違います。

 

パティーの方も実際には自分の中にマーシー的なものを抱えています。

そして自分の中のマーシーが痛めつけられるのを防ぐために、自分が先に攻撃に回ることでそれを回避しようとするわけです。

 

そんなとき逆の立場をとりがちなマーシーという存在は、ゲームを仕掛けるのに絶好な相手であるわけです。

人間関係 relations〜その1

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うわさに泣いている女の子


人間関係で悩むのが苦手な人、嫌いな人の存在ではないでしょうか? (続)


心のむだ遣い」頑張ってるはずが裏目にでる人間関係


まわりに振り回されないために


まわりに振り回されないために(続き)


日常の関係に隠された感情


傷つく・許す


傷つく・許す(続)


認められることを少し忘れてみよう


気がついていない自分を探そう!


追い求めるほど苦しくなる他人の評価



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後悔しない生き方/過去を再評価する

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後悔しない生き方/過去を再評価する


後悔しない生き方/過去を再評価する


人間関係025:後悔しない生き方/過去を再評価する

★後悔しない生き方/過去を再評価する
<https://www.facebook.com/note.php?note_id=288791881200763>

『後悔する生き方』ではこのように書きました。

 

目の前にある現実を拒否して、そのまま見ようとしない。

新しい可能性を否定してまで、後悔するパターンに戻ろうとする。

このようなやり方が、今の生き方を浸食するようになってしまうことです。

 

後悔することを続けようとするのは、いままで自分のやってきたことが、すべて無駄だったと信じるのが、受け入れがたいのかも知れません。

しかしそれでも「もう、こんなうんざりすることは、止めにしよう」と思える自分を少しずつ強化していくのです。

 

こんな問いかけをしてみるのも、いいかもしれません。

「この後悔を一生懸命続けたら、どんないいことがあるだろう?」

他の人に言っているつもりで、ばかばかしくなるまで、唱えてみましょう。

「後悔しなさい。後悔しなさい。もっと後悔しなさい。そうすれば悪いことは起こらないんだよ!」

 

このように、後悔することは無駄なことであり、その悪影響について書いています。

 

そして、「もっともだ、後悔は無駄なことだ。」と納得しているつもりの人も、どこかで「でも、あの時違った方向を選んでいれば、もっといい結果になっていたのも事実だ。」という考えがどこかで見え隠れするのではないでしょうか。

 

 

さてそれでは、「我、事において後悔せず」と言い切る人は、本当に後悔することがないのだろうか?ということを考えてみましょう。

 

実は、これにうまく答えられないのは、黒か白かで答えようとしてしまうからです。

何かのきっかけで、その人が一切後悔をしない人間に変わるというイメージを持つから、そんな人は実在するのだろうかと考えてしまうのです。

 

実際、私たちが「自分はこういう人間だ」と言い切る場合に、その根拠となるものは、「相対的にどちらであるか」ということではないでしょうか。

 

どちらが普段優位にあるかということを、言葉にしてしまえば「自分はこういう人間だ」と言い切って片方だけの人間であるかのように表現してしまうだけの話なのです。

 

ですから「我、事において後悔せず」という言い方は、実際に客観的な事実として後悔を一切しないかどうかではなく、どちらを選択するつもりであるかという宣言であると考えたほうがいいでしょう。

 

そこで、過去を後悔する方向ではなく、それが今の自分に何をもたらしたかを再評価するという方向で考えていけば、その宣言に近づいていくはずです。

 

「あの時違った方向を選んでいれば、もっといい結果になっていたのに残念だ。」と考えないのです。

そうではなく、

「あの時の選択は、こんな悪い結果を自分に与えた。」という事実を検討し、

さらには、

「その悪影響に対処するために、期待したわけではないが、こういう能力を鍛えられることになった。」

「あのひどい出来事がなければ、自分は今のような事を考えもしなかった。より広い認識を持つようになった。」

それをさらに発展させて、

「はからずも手に入れたこの経験と、それに伴って獲得した能力を生かせることを考えてみよう。」

というように進展させていきます。

 

過去の出来事が「客観的にいいか悪いか」を考えていても仕方が無いのです。

「今の自分にどんな意味があるか」がすべてなのです。

 

過去の出来事が今の自分に対して何をもたらしてくれたかを考えて、今を生きていくこと、その方向で考えるなら「後悔する、しない」の議論も意味がなくなります。

 

 

「私」というものは固定したものではありません。

いま存在する「私」は、変化していく中の今この一瞬の「私」を捉えたものであるだけです。

 

あなたがいまは「私は後悔する人間である」と言うとしても、過去を後悔する方向でとらえるか、今への貢献の方を考えるか、どちらを取るかしだいでどんどん変わっていくものです。

 

相対的に、後悔する私よりも今に活かそうとする私が優位になれば、あなたは後悔しない人になるわけです。

さっきまで後悔する人だったとしても、今は後悔しない人になっているかもしれません。

 

揺れ動く天秤を無理に固定しようとするのは、「生きる」ことに反する行為です。

揺れ動くのが「生きる」ということだからです。

 

もし、「私の場合はこんなひどい過去があるから、後悔しても仕方がない、人を恨んでも仕方がない」と言いはるなら、それは揺れ動く「生」を固定しようとすることなのです。

 

今に生きようとする中で「おもり」がひとつ増えただけで、天秤の傾きが一気に入れ替わるのです。

 

「そうか、もっと早く気づいていれば」と後悔する自分に気づいたら、チャンスです。

反対側のおもりを乗っけてやりましょう。

今までの後悔していた自分を後悔する自分に気づいて後悔する、きりのない後悔にうんざりする度合いが強ければ強いほど、もう手を引こうという決心もつきやすいというものですからね。


※続きはダウンロードしてお楽しみください。

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人間関係025:後悔しない生き方/過去を再評価する







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「心のむだ遣い」頑張ってるはずが裏目にでる人間関係

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人間関係002:心のむだ遣い  001

◆心のむだ遣い

「心のむだ遣い」とでも言うのでしょうか、神経を使ったり我慢してやっているにも関わらず、結果的にぎこちなくなり、受け取る相手もなにか緊張を感じてしまうような気の使い方があります。

 

本人はよかれと思ってやっている(あるいはそうあるべきだと思っている)のですが、その結果本人もまわりも何となく疲れてしまうのです。

 

た とえば母親が子どもを心配するあまり、「こんな言葉を使っては反発するだろうか」とか「このように動くとよくないかも」とか、子どもの反応を自分で勝手に 先取りしてあれこれ考えすぎてしまうと、気がつくと自分自身を見失って、自分の判断に自信が持てず自然に振る舞うことが出来なくなってしまいます。

 

またそんなふうに誰かの反応ばかり気にして行動すると、なんとなくその力みが伝わってしまい、相手の人もなにか緊張してリラックス出来なくなってしまいます。

 

傍から見ていると、よく出来た人とか我慢強い人にも見えるのですが、ふだんその人と接している家族は何かわからないけれど居心地が悪いと感じているかも知れません。

 

自分の方も自由に反応できないと感じてしまうので、うまく本音が伝えられずに我慢しなければならなくなってしまうのです。

 

 

つまり、その人の我慢や不自然さがまわりにも感染してしまうわけですね。

 

「我慢」という言葉は、昨今は簡単に諦めてしまう風潮へのアンチテーゼとして、もっと我慢することを強調するきらいがありますが、もともと無理な状態を自分に強いる行為でもあるわけで、そこに問題が無いとは言えないわけです。

 

誰かが疲れたので思いっきりリラックスしたい、少しやりたい放題やってストレス解消したいと感じたとしても、そのまわりに何かをじっと我慢して耐えていると感じさせる人がいては、ちょっと今はまずいかなとか遠慮してしまうことになります。

 

そんな状態がいつも続くようだと、その家族全体が重苦しい雰囲気の方に引きずられてしまいがちです。

例えば子どもの心配をしていた母親の思いが逆に子どもを身動き出来ない状態にしてしまうかもしれないのです。

 

「こうあるべきだ」というこだわりを手放して、少しずつ本当にしたいことに正直にしたがってみれば、肩の力が抜けていきます。

 

自分の緊張感が抜けるにつれて、相手の視線も柔らかく感じられるようになってきます。

思い切った冗談さえも言えるようになってくるでしょう。

 

 

作られた安定は、表現されている言葉はもっともですが、どこか不自然で何かがちがうぞという感じを持つものです。

 

そもそも常に変化するのが、生きているということだと振り返って見れば、無理な安定や完全さはつくりものでしかないことがわかってきます。

 

「考えて」「考えて」「見極めた」行動ばかりでは、自分もまわりも息が詰まります。

よくできた完璧な人は、感心はしても自分がそれに付き合うのはちょっと遠慮したくなるものです。

 

どこか抜けている所があるくらいの方が、長期的に見れば無理を感じさせず、その結果安心感をもたらすのではないでしょうか。

 

「天網恢々、疎にして而も失わず。」

 

天の網というのは、とても大きなもので、

その網の目は隙間だらけのように見えるけれど、

肝心なことは、決して逃さないように出来ている。

 

(老子道徳経 第七十三章)

 

「心のむだ遣い」とは、自分も消耗させ、まわりの人も巻き込んでしまうという間違った気の使い方です。

隙間だらけでも肝心なことは逃さない、そんな余裕を持った心の使い方が出来ればいいですね。



◆ 投影 - 他人はあなたに何をしてくるだろう?
 

「投影(投射、プロジェクション)」という心理の働きについて考えて見ましょう。

 

あなたが最近「私を非難したがる人が多い」ように感じているとしたら、あなたは「誰かを非難したくなっている」のかもしれません。

 

「なんでみんな冷たいの?」と感じるとき、あなたの中で他の人を拒否しようとしている自分がいないでしょうか。

 

みんな優しい人ばかりに見えるとき、実はあなた自身が自分に優しく出来ているのです。

 

そんなちょっと不思議な心理を振り返って自分の見方にしてしまいましょう。

 

☆~⌒☆

 

まず、あなたは自分が何かをしたいと思っています。

 

しかし、それを行うことはあなたの持っている基準のようなもので禁止されています。

 

つまりあなたは「そんなことはしてはいけない」と思っているから、自分がそのような欲望を持ったことを否定して、そんなものは持っていないと思い込みます。

 

「わたしがそんなこと考えるわけないじゃない」と思って、その存在を消し去ろうとしますが、実際にあるものはただ消すというわけにはいきません。

 

仕方がないので、その欲望はエネルギーを保ったまま、どこか見えないところで、あなたの中にしまい込まれることになるのです。

 

これが「抑圧」ということです。

 

やらないようにしようと単に意識して押さえているのは「抑制」ですが、それよりもレベルが深くなって「抑圧」になってしまうと、あなたはその存在を意識することすらなくなってしまいます。

 

しかし、そのエネルギーは消えたわけではありません。

いつも機会があれば外に出たいと待ち構えているのです。

 

抑制や抑圧は誰でも抱えているものですが、ある程度まで強くなってくると、社会生活を送る上で障害になってくることもあります。

 

他人からみれば抑制や抑圧の表れは、比較的わかりやすいものです。

自分のことではないから、それを禁止する自分がそこにはいないからです。

 

ですから、「このことに触れると、なぜかこの人は不自然な行動を始める」というように感じられます。

なんとなく「何か隠しているな」と感じられるのです。

 

あなたに好意的な人であれば、それに触れないでおいてあげようと思いますが、そうでない人は容赦なく、そこに切り込んできたりするでしょう。

 

いずれにしても、いつまでもそれを隠したままでいたのでは、いつまでもスッキリしないし、人間関係に溝を生じさせてしまうことにもなりかねません。

 

ですから、余り抑圧のエネルギーが巨大に成らないうちに、ガス抜きしようとします。

 

たとえば自分では「何でこんなこと言ってしまったんだろう」と理由が掴めない行動の多くは、このようなガス抜きの行動だったのかもしれません。

 

このような、抑圧を外に発散する手段のひとつとして「投影」という働きがあります。

これは直接的な発散ではなくて、ひとひねりした心の働きです。

 

「投影」とは本来あなたの欲望なのに、それを他の人が持っていて、あなたにそれを要求してくると感じる現象です。

 

つまり、本当はあなた自身がそれをやりたいのですが、自分でやることは許せないから、他人があなたに向けてそれを実行してくると思うことで、エネルギーを調整しようとしているのです。

 

「抑圧」から「投影」に転じる仕組みを理解していれば、あなたは自分の「投影」を探ることで、自分自身の「抑圧」を発見し、停滞しているエネルギーを解放することができます。

その結果ずっとスムーズに自己を解放できたり、他者と係わることが楽になってきます。

 

それには、あなたの行っている「投影」を探してみることです。

 

自分の中に求める気持ちが全くなければ、他人の行動は自分の感情を刺激したりはしないものです。

 

気になっていること、あなたが普段から「他の人が私にしかけてくる」と感じていることをチェックすれば逆にたどって自分の隠している抑圧を見つけることが出来るわけです。

 

◆「まわりの人は私を非難しようとしている」

 

他人のちょっとした仕草や言葉に過剰に反応して、想像をふくらませてしまい、客観的な事実もないのに他人が自分を非難しようとしていると感じるのです。

そこには、あなたの側に他人を非難したい気持ちが隠れています。

 

◆「まわりの人は私の悪口を言っている」

 

これも前の項目の亜流ですね。

顔を合わせたときにはどんなに親しく好意的であっても、あとでひとりになるとあのときのあの行動、あの言葉には裏があったように思えてきたりするのです。

 

だから、あとから「私のいないところでは悪口を言っているに違いない。」と信じ始めたりするのです。

 

しかし、これが「投影」だとすれば、実はあなた自身が普段から「相手を非難したい」と思っていることになります。

 

つまり「非難したがる人が多い」と感じ始めたら、あなたは「誰かを非難したくなっている」けれどそれを抑圧しているのかもしれないのです。

 

これに付随するのは、他人のあら探しです。

他人のあら探しをしては、不満を溜めて「これじゃあ誰かを非難しないではいられないよね」という状況をせっせと作り上げ、我慢できなくなって爆発することで抑圧を外そうとする非常手段を使うのです。

 

◆「なんでみんな冷たいの?」

 

そんな風に感じるとき、あなたの中で「他の人を拒否しようとしている自分」がいないでしょうか。

本当は「いまは近寄ってこないで!」と言っている自分が隠れているかもしれません。

そんな自分に気がつけば、まわりの人への見え方も変わってくるでしょう。

 

◆「なんでそんなにカリカリしてるんだ、笑顔で行こうよ」

 

必要以上に他の人に笑顔を要求したいとき、あなたの中に誰かへの「怒り」は隠れていませんか?

あなたが感じることは許されないと思っている怒りはないでしょうか。

 

◆「まわりの人はうまく立ち回っている」

 

まわりの人に嫉妬していないでしょうか。

そう感じるあなた自身が、誰よりも評価されたいと願っているのかもしれません。

原点に戻って、目の前のことを淡々と進めていきましょう。

 

以上あげたのは否定的な感情でしたが、肯定的な感情もまた相手に映し出されています。

 

◆「みんな優しい人ばかりだ」

 

そう思えるとき、あなた自身の他の人へのいとおしさがあふれているのかもしれません。

 

 

まわりの人を、いまのあなたはどんな風に感じていますか?

 

それは、もしかしたら自分の中で抱えている感情かもしれません。

 

他の人があなたにしてくるのではなくて、その前にあなたがそうさせているとわかったなら、自分がまず変わればよかったのだと気がつくでしょう。

 

世界は自分に働きかける個々の人物や物の集まりだと見ているかも知れませんが、実はあなた自身が投影して作り上げている世界です。

他の人も、あなたと全く同じように自分の世界を作り上げて世界を見ています。

 

エネルギーをどちらから見るかで、自分に見えたり他人に見えたりしているだけで、すべてあなたが見え方を決めている世界なのです。

 

そう思えば、誰が何と言ったかを気にして、その駆け引きに疲れはてていることのくだらなさが見えてこないでしょうか。

 

「私の思い」なのか「あなたの思い」なのかは、重要ではなく、どうすればうまくエネルギーを回せるのかを考えればいいのです。

 


◆ 要領が悪いと言われる

「要領が悪い」とか「のろま」などと言われるのを気にしている人もいるかと思います。。

 

あるいは「気がきかない」「融通が利かない」「がんこ」などがそれに続きます。

 

こう言ったタイプにもいくつかあるのでしょうが、1つには「他人のことを先に考える」という特徴があります。

 

相手がどう思うかをまず気にしてしまうので、自分の考えで自由に動けなかったり、「いや」と言うことに強い抵抗を感じるのです。

 

また家族などから見ると、そういった人は「外見をよく見せるのです」と言われたりします。

これは時として、ふだんの他人に合わせることの反発から急に変化したりするのを見ている人からの印象なのでしょう。

 

 

このようなタイプは、自分の考えに合わないことでも、何とか相手の意見を受け入れるようにふだんから無理をしているわけです。

 

それは本人にとって疲れることですが、それ以上に他人から嫌われてしまうことを恐れているので、仕方なくそうせざるを得ない状態なのです。

 

しかしいったん我慢していた感情が抑えられなくなると、堰を切ったように感情が爆発して止められないといったこともあるようです。

 

もちろんそのような出来事の後は、本人にとって一番恐れている他人から嫌われる行動をとってしまったわけですから非常に落ち込んでしまいます。

そのために余計にまわりに気を使わないといけない状態を強化してしまいます。

 

相手に合わせなければという気持ちが強いので、自分が動こうとしても、相手の気を悪くするようなことをしていないかがまず気になります。

 

その結果、態度がぎこちなくなったり、臨機応変に対応することが苦手になりますから、人から見ると「のろま」とか「気がきかない」といった悪い評価をまねいてしまうことにもなります。

 

 

一方で相手のことを気にしているので、自分ひとりで動くことも避けるためいつも相手にくっついていようとしたがります。

 

相手から見ればその人が何をやりたいのかがよく見えないまま、なんとなく近づいてこられるので、時としてイライラしてくるかもしれません。

 

ハッキリ自分のやりたいことを表明してくれればいいのにと思ったり、あるいは要領よくこちらの態度に反応して欲しいのに、なにかハッキリしない行動をとるのがイライラしてしまうのです。

 

本人からすると、何とか相手のペースに合わせようとするのですが、それが余計に相手にとってはわからない行動に映るという悪循環にもなりかねません。

 

そのような相手を一方的に受け入れるやり方は、苦しい中で無理を重ねているわけなので、素直に相手の言うことを聞いていたと思ったら、急に自己主張に切り替わり、人が変わったようにいら立ちを相手にぶつけるような行動に発展します。

 

そのあたりが理解できていないと(普通わかりませんよね)、相手の人は突然の変化に驚いて理解に苦しむことになります。

 

 

「相手に合わせなければ」という気持ちは、誰しも持っているものですが、普通はあまりこじれさせない程度に相手に合わせることで、適度に相手につき合っていくものです。

 

ところが、このようなタイプの人は、「相手に合わせなければ」という気持ちが強すぎて、相手に嫌われることを極端に恐れてしまうのです。

 

これを緩和するには、相手に合わせなければいけないという絶対命令を解かなければなりません。

 

まず誰しも他の人の気に入る対応ばかりが出来るものではないし、それが出来ないからといって相手はそうそう気を悪くするものではないことを、少しずつ実験して体験していくことが必要かと思います。

 

頭で理解したとしても、すぐに今までの反応をしてしまうものですから、少しずつ相手に気をとられずに、自分のペースで動くというのを試していきます。

 

ただ、このタイプの人はいままでずっと相手の希望に添うことを優先してきたために、自分のやり方というのがわからなくなっているものです。

 

どうするかを決めるのは相手だという思いがあるので、自分で考えることを禁止しているのです。

 

出来るだけ自分の今の素直な感情に気がついてもOKであると言い聞かせながら、そのような感情を受け入れることに慣れていく必要があります。

 

 

それから、「相手に合わせなければ」という思い込みを打ち破るために、こんな考え方も知っておくといいでしょう。

 

それは、ほとんどの人は自分のやり方で動きたいと思っていながらも、誰かリードしてくれる人が現れるのを待っているものだということです。

 

自分のこだわりを超えない範囲であれば、誰かに「こんなやり方がありますよ」というのを見せてもらいたい気持ちがあります。

それほど誰しも自分のやり方に自信があるわけではないのです。

 

あなたが何かで独自のやり方をしても、まわりの人はそれを批判しようと見ている人ばかりいるわけでなく、逆に他の人にとって参考になって喜ばれるものである可能性が高いのです。

 

そして、そんなやり方を隠しているよりも、表に出して見せてもらった方が安心してあなたと付き合えると思うものです。

 

あなたが思っているほど、他の人は自分に合わせて欲しいと思っているわけではないのです。

 

相手にとってもあまり無理して合わせてもらっても、かえって窮屈に感じるものです。

 

自分のペースで動くことを取り戻していけば、「気がきかない」とか「融通が利かない」とか「要領が悪い」と思われることも少なくなっていくでしょう。

自分の思うように動かなかったから、ぎこちなくしか動けなかっただけですから。




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◆ 被害者は加害者でもある

◆ あなたの選択を反映するまわりの人間関係

こんなふうに考えたことがあるでしょうか?

 

「あなたのまわりの人の行動は、あなたの選択を反映しているのです。」

 

人間関係において、あなたの行動や感情はあなた自身が選び出しているものです。

 

それは意識しては気がつかないまま行っている場合も多いのですが、しかしそれに責任をもつのはあなたしかいません。

あなたの思考が、あなたのまわりにある人間関係のシナリオを作り出しているのです。

 

問題は、ほとんどの場合、自分でもその思考に全く気がついていないということにあります。

 

その思考過程は、ほとんど自動的で、とても一つ一つをチェックして選択しているようなものではないのです。

 

それは、ちょうど身体で覚えた動作を無意識に行っているのと同じように、気がつかないまま思考を働かしているのです。

 

この考えを受け入れて信じるなら、あなたは自分の思考や行動の全てに責任があるという事実を受け入れなければなりません。

それは、多くの場合、自分の過去の行動や出来事について、自分を責めたり罪悪感を感じることにもなってしまいます。

 

ですが、あなたやまわりの人は、そうした行動を取ることが、その時点でベストのことだと考えて行っていることですから、誰を責めるというものではありません。

 

そこでもたらされた結果は、それに関係した人たちがすべて同意したからもたらされたものです。

誰かひとりでも違う考えを持ったとしたら、結果は異なったものになっていたでしょう。

 

結果に対して、自分の責任で起きたことだからと自分を責めたり、あるいは誰か他の人を責めようとすることは、絶対必要というわけではありませんが、選ぶとすればそれもまた「自分の選択」の一つなのです。

 

あるいは、誰かが間違った選択をしようとしているのに気がついたとしたら、それもある意味であなたの選択が反映されたものだと言えるでしょう。

 

あなた自身にそのような考えがなければ、そもそも見えてこないことだからです。

 

そのような場合には、誰の責任かというよりも、あなたとその人にとって、どちらにもいい方向に向かうような選択をとればいいわけです。

 

ではこのような考え方をすることでどんなメリットがあり、どのように自分の選択する力を行使していけばいいのでしょうか。

 

まず、自分の選択によって人間関係を作り出しているのだという認識を持つことで、自分の行動に責任をもつことが出来ます。

自分にできる範囲の選択は、自分の責任において行うべきであるとはっきり認めることで、あとから結果を他の人や出来事のせいにしなくなります。

 

それは、より主体的な自分で選択する力を生み出します。

やったことに対して、自分が主体的に行ったという満足感、充実感を感じることができます。

 

さらには、いままでほとんど無意識に行なっていた自分の選択を、あらかじめわかるようになってきます。

 

「いま自分がやろうとしていることは、相手に何を期待していたり、あるいは何を避けようとしているのだろう?」

 

「なにか過去の仕返しをしようとしているのだろうか? それはどんなことに対するものだろう?」

 

このような質問を投げかけることで、より自分の選択をはっきりさせ、夢のなかで生きているような曖昧さをなくすことが出来ます。

 

自分の選択を意識することで、それにともなって起きてくる感情や思考が見つかるでしょう。

その時の感情や観念をもう一度見なおしてみることで、よりよい選択肢が見えるようにもなるでしょう。

 

このように、自分の選択に責任をとれば取るほど、自分の人生が流されるままのものではなくなっていきます。

 

より主体的な選択を取れるようになるし、自分のまわりに集まってくる人たちが、なぜいまのようになっているのかがわかってくるので、より自分の望む関係を選んだり切り捨てたりすることもできるようになります。

 

これらの思考を、はっきり意識できようとできまいと、その選択をとってしまう事実に変わりありません。

結果を引き受けるのは、自分です。

ならば、より自分で意識して選びとったほうがいいと思いませんか?

 

また、それと直面することを避けて、わからない振りをするのも人間性というものですが、そうやって見ないふりをして行う選択がよりいいものになることはあまり無いでしょう。

 

それよりも、なぜ自分がそれを見ないようにしたがるのかを突き止めることで、新しい発見とより主体的な自分が見えてきて、最終的にはもっといいものをもたらしてくれるのは明らかです。

 

なんども書いているように、自分で変えられないことは、そのまま受け入れるしかありません。

しかし、自分で選択できることはできるだけ主体的に行うのが、より充実した自分を生きている感覚をもたらしてくれるに違いありません。

 

自分で全部選んでやっていくと思うのも無理があるし、だからといって、選べないことがあるから一切自分で選ばないというのも、また困りものなんですね。

 


 

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人間関係で悩むのが苦手な人、嫌いな人の存在ではないでしょうか?

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人間関係で悩むのが苦手な人、嫌いな人の存在ではないでしょうか?
苦手な人、嫌いな人との対処方法
その裏にある心理(投射という働き)などについての話題を集めました。


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◆なぜ苦手な人がいるの「投影」

 

わたしたちは得意なタイプの人がいる一方で、なぜか苦手と感じてしまう人がいたりしますよね。

 

あるいは、もっと微妙ですが誰かと一緒にいると、その人が何をするわけでもないのに、何か落ち着かなくなったり、イライラを感じだしたりするのです。

 

ところが、あなたの友達から見ると、同じ人が全然苦手じゃなかったり、むしろ気の合う友達でいたりします。

 

そのことから考えると、どうやら問題は相手の人に固有の問題ではないようです。

 

つまり、見る側のあなた自身に原因が潜んでいると考えた方がよさそうですね。

 

これは多くの場合、心理学などで言われる「投影」という心理が関係しています。

 

 

映写機やプロジェクターでスクリーンに映像を映し出すとき、映写機から投射したものがスクリーンに映像として映し出されるのが投影ですね。

 

同じように、わたしたちが自分の心の中にある無意識を他の人に対して「投射」することで、相手の心の中にその投射された心理状態を見ることを「投影」というわけです。

 

無意識という言葉を使いましたが、もともとこの考え方はフロイドの精神分析で使われ始めた言葉です。

 

その後、心理学やカウンセリングなどでも広く使われるようになり、普通の会話の中でも使われるようになってきていますから、ご存じの方も多いのではないかと思います。

 

なぜ無意識のうちに相手に投影されるのかというと、その心の内容が自分の中にあると認めたくないものが対象になることが多いからです。

 

表だっては自分では気づいていないので、あたかも自分ではなく、相手の人が持っている心理状態であるかのように見えるのです。

 

それは投射する人の心の在り方を反映するわけですから、同じ状況に接していても人それぞれ違うように物事を見ていることになるわけです。

だから人それぞれに同じ物を見ても、その捉え方、感じ方が変わってくるわけですね。

 

精神分析では自分の認めたくないこころの状態を、無意識に閉じ込めてしまうと捉えますが、その多くは子ども時代からのあなたの両親などとの接し方に起源があると考えられます。

 

たとえば、あなたが社会に出てから何故か苦手意識を感じる上司は、あなたの権威主義的な父親との間の葛藤をその上司に対して投影しているのかも知れません。

 

そのような人は、権威を示す人をみると、子どもの頃に父親に対して抱いたのと同じ苦手意識を相手に感じてしまうわけです。

 

これはおもしろいもので、あなたが父親くらいの年齢になって同年配や年下の人に接したときでも、あなたが投影して相手を見ているなら、自分の方が萎縮して感じてしまうということも起きるのです。

 

「投影」しているということを理解すれば、相手を自分の側の見方で、ゆがめて見ていたことに気づけますから、簡単にはぬぐいきれなくても、苦手意識を抑えて客観的に相手を見る余裕も出てくるでしょう。

 

「相手は自分の心を反映している鏡である」という見方を普段から持っていれば、必要以上に苦手意識や過剰な反応を持たなくても済むようになります。

 

そしてこの知識は、もっと積極的に使おうと思うならあなた自身を知るための強力な武器にもなります。

 

それはこんな風に考えればいいでしょう。

 

あなたが、誰か苦手意識を感じる人に出会ったら、そのときの落ち着かない感じ、イライラ感、恐怖感、無力感といったものを押し込めないで、その存在を認めて感じてみることです。

 

そして、それが相手側の要因ではなく、あなたの側に原因があることに気づけたら、逆方向にあなた自身の抱えている心理を発見できるわけです。

 

その複雑さによっては、簡単には解決できないかも知れませんが、多くの場合気づくだけでも大きな発見になり、苦しい感情を緩和できるものとなるはずです。

 

わけもわからず、なにか苦手意識や脅えを感じるのではなく、何が原因なのかがわかったわけですから、何らかの対策もそこから見えてくるのです。

 

そしておもしろいのは、権威者と従う者という関係や、共依存などに見られるコントロールする側と無力さを感じる側といった2つの立場は、片方だけを取り込むのではなく、両方を自分の中に持っているという点です。

 

つまり、例えばあなたが権威的な父親に育てられてそれを嫌っていたとします。

 

そのときあなたは、自分が親になっても、「こんなことは自分の子どもにはしないぞ」と思っているかも知れませんが、ふと気がつくとあなた自身も子どもに権威的になっていることに気づくのです。

 

これは共依存と呼ばれる関係においても同じことが言えます。

 

共依存の関係もまた、親子代々引き継がれていくものであると言われるのは、コントロールする側とされる側、加害者と被害者の両方を、自分の中に取り込んで行くからだと言えるでしょう。

 

たとえ自分が投影していることに気がついても、場合によっては、なかなかその関係に決着を付けられないかも知れません。

 

その多くは、自分が親などに怨みの感情を抱いていたことに気づく場合です。

 

社会的な望ましさという観点から、自分は親を憎むような感情は持っていないと言い聞かせてしまい込んでいた場合ですね。

 

その場合は、まず自分が親を恨んでいるという感情を認めなければなりません。

そして、認めたらそれを許すという次のステップを踏まなければなりません。

 

どちらも、簡単とは限りませんが、ここで間違えて欲しくないのは、親が悪かったんだから仕返しをしてやるんだというようには、考えない方がいいでしょう。

 

それでは、いつまでも怨みの感情はなくならないし、毎回それを強化して行くことにもなります。

 

あなたも自分が親の立場にある人なら、忙しかったり、イライラしていたという原因で、子どもとは関係ない理由から、子どもを叱りつけたり傷つけてしまう可能性が在ることを認めるでしょう。

 

同様にあなたが親を恨みに思ったきっかけも、親があなたを憎んでそのように振る舞ったのではないかもしれないと気づくことができるはずです。

 

そして、理不尽な思いが残ったとしても、自分が相手を許すという決断をすることが大切です。

 

許すという決断は、必ずあなたにとんでもなく開放感とエネルギーを取り戻してくれるものです。

 

あなたの「投影」に気づくことは、大きなことから小さなことまで、あなたの人間関係に自由を取り戻す強力な武器となります。

 

人間関係において、理由のわからない相手を避けたい気持ちを感じたら、相手の中に見る鏡にあなたの心が写っていないか探してみるようにしてみましょう。

きっと新しい発見があるはずです。



◆嫌いな人とのつきあい方

嫌いな人というのは、どんな人でも存在するものです。

 

自分自身に対してだって、好きなときと嫌いなときがあるのですから、当然だとも言えますね。

 

一口に嫌いと言っても、細かく考えると、存在が気に入らないという場合と、自分にとって苦手な人に別れそうな気がします。

 

しかしどちらにしても、その人の存在で自分がOKでなくなるような気分にさせられることが、「嫌い」の原因なのでしょう。

 

自分の方が変わることで、その人への評価が変わって、結果として嫌いでなくなることもあります。

ですから、できればやたらと嫌いな人を作りまくらない方がいいでしょう(笑)

 

しかしそうはいっても、聖人君子でないわれわれは、「誰とでも平等につきあうのだ」とは言いきれないものです。

 

それに自分には嫌いな人などいないかのように振る舞うことは、どこか精神衛生上むりがあるように思えますね。

 

それならば、嫌いな人は「自分はこの人が嫌いだ」と素直に認めてしまう方がスッキリします。

 

おもしろいもので、いったん「嫌いだ」と宣言すれば、かえってその人のことが気にならなくなっていきます。

 

「嫌い」だと言い切ることは、その人を、あえてのけ者にしたり攻撃したりすることとは違います。

 

自分の中で、ただ「今の自分はその人が嫌いだ」ということを認めるだけです。

 

 

それを認めないでいると、嫌いな人のことというのは、よせばいいのに不必要にその人のことを思い出して、腹を立てては無駄なエネルギーを使いがちです。

 

こころの中で思い返して批判すれば、相手に何らかの効果があるように思ってそうしてしまうのでしょうが、その影響を受けてしまうのは、ほとんど自分だけだと思った方がいいでしょう。

 

その結果は自分だけがストレスをため込んで、無駄に疲れてしまうだけなのです。

 

とはいえ、他の人のうわさ話を聞いていると、「こんなひどい人がいるのか、扱うのが大変だろうな」と思い、関わりになりたくないものだ感じる人もいます。

 

ところが誰もが敬遠するような、自分の感情をぶつけてくる人というのは、原因がわかっている分、かえって扱いやすいともいえます。

 

このようなタイプは、だまって話を聞いてあげるだけでおさまる場合が多いからです。

 

その場合は、だまって話を聞いて「言葉の雑音」に惑わされないで、相手の本音を聞き取ることです。

 

言葉の雑音といったのは、誰もが自分特有の反応しやすい言葉を抱えて、雑音を自分で作り出しやすいという意味です。

 

右から左に通り過ぎるような抵抗のない言葉に混じって、聞いた途端に自分の中の何かが反応して、思わず自分も口をはさみたくなる言葉が登場します。

 

そのような言葉に反応して自分が巻き込まれてしまえば、相手の意味していることとは関係なく、あれこれ自分の中で会話を始めてしまいます。

 

いわゆる「こだわり」とか「信念」がからんでくるような言葉です。

 

そうなると、その言葉はもはや相手と共通の認識を持てるものでなくなって、私とあなたは別の世界の住人になってしまうのです。

 

雑音によって本来の意味は聞き取れず、お互いに自分のノイズが作りだした別の世界を思い描いたまま、しかし言葉としては同じものを使って会話し出すので、意思の疎通はほとんど不可能になってしまいます。

 

話を戻すと、たいていの場合、相手は話を聞いて欲しいだけなのです。

 

こちらから火に油を注ぐ様なことはしないことです。

もちろん雑音で自分の油に引火しない様にも注意しましょう。

 

 

ところで、好き嫌いにかかわらず、原則として「人を変えようとは思わないこと」です。

 

変わるかどうかは、その人の問題です。

 

変わらないのはその人なりに理由があるということだし、自分のやり方と違うからと言って「他人の方が変わるべきだ」と考えるのも無理があります。

 

相手を自分と同じ考えに変えてしまいたいという試みは、十中八,九無駄な努力に終わります。

 

さんざん時間とエネルギーを使った後に残るのは、疲れ果てた自分と自分の側のストレスばかりです。

 

「言うだけ言ってやったから、すっきりしたよ」と言えるのは、あなたの努力というよりも相手が矛を収めたおかげかも知れません。

 

「相手を自分と同じ考えに変えてしまいたい」と熱くなっているときには、相手と自分の立場を入れ替えてみたらどう思うかを想像してみましょう。

 

嫌いな相手から、自分が変われと言われたら、余計自分のやり方にしがみついて、素直に変わろうとはしないのではないですか。

 

ところで、いつも同じようなタイプの苦手な人がいると感じていますか?

 

そのような苦手で嫌いな人というのは、自分の側が変わらない限り、いつまでも存在します。

 

たとえ遠くに引っ越して知らない土地に移り住んでも、また新しい環境でそれに替わる嫌いな存在の人が現れることになります。

 

それはまさに嫌う原因になっているものを、自分自身が持っていることを証明しているのではないでしょうか。

 

「相手が悪いのだけれど、自分が変わってやったのだ」と考えるのではなく、自分の解放の為に自分が抱えている人を嫌う部分を変えるのだと考えて見ましょう。

 

「他人を変えよう」とする試みは割に合いません。必ずといっていいほど失敗します。

 

それに対して「自分を変える」ことは自分で出来ることであり、自分のストレスをなくし、その他の人間関係まで潤滑にしてくれる見返りの多い試みです。

 

「相手は子供なのだから、自分の方が折れてあげよう」ぐらいに考えて、自分の方を変えることが一番実りのある努力になると思います。

 

またそれを自分が実行すれば、素直に変えられた自分に対する信頼や自信がおまけに付いてきます。

 

好き嫌いというのは、案外自分の中でも揺れ動いているものです。

 

嫌いの度合いが高いときに、人や物に対して好き嫌いを決めてしまうと、その後はその「対象」と「嫌い」という言葉が結びついてしまいます。

 

素直に感じたらいまはそんなに嫌いでない気分だけど、レッテルに従ってあの人は「嫌いな人」なんだからと思うと、心して対処しないといけないと構えてしまうでしょう。

 

その結果、知らない人だったら何とも思わないことまで気に障ってしまうのです。

 

自分という存在も常に揺れ動いているものだという認識を持って、「いまここ」での素直な自分を感じ取れることが、余計なトラブルを作り出さないコツであるといえるでしょう。

 

怒りっぽい人や、落ち込みやすい人は、「いまここ」からすぐに離れて飛んで行ってしまう傾向を表しているのです。

 

自分とうまく付き合うだけで、嫌いな人は極力減らせるものです。

 

そして、そうなれば外の世界も今思っているよりも、ずっと住みやすい平和なものに見えて来るでしょう。

 



※以下は文字数制限で続編に続きます。
生きるヒント~人生を変えるコラム集ストレージ : 人間関係で悩むのが苦手な人、嫌いな人の存在ではないでしょうか?(続)



◆他人の欠点
◆他人の中に見る自分のこころ

◆他人の中に見る自分のこころ2





※続きはダウンロードしてお楽しみください。

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人間関係001:苦手な人001

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