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2014年04月

至福を見つける前に私は地獄を受け入れなければならないのですか?

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至福を見つける前に私は地獄を受け入れなければならないのですか? タオに生きる http://paostao.blog66.fc2.com/blog-entry-1317.html

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あなたは「至福を見つける前に私は地獄を受け入れなければならないのですか?」と問う。
他に方法はない。あなたは受け入れるだけではなく、理解し、飛び込まなくてはならない。
あなたは地獄の苦しみや痛みを味わい、それがどんなものかを完全に知らなければならない。
地獄がどんなものかを知ったときに初めて、あなたは自分がどうやって地獄を作り上げていたかを知ることができるだろう。
そして、自分がどうやって地獄を作り上げていたかがわかったとき、地獄をもっと作りたいか否かはあなた次第になる。
それはあなたの選択なのだ。「自分はどうやればよいのかわからない」とあなたは言う。
そうだ、地獄を受け入れるのはむつかしい。私たちは全勢力をつかって、それを否定するからだ。
自分の心の中では泣きながら、うわべだけは微笑んでいるのはそのためだ。あなたは悲しくても、自分は幸せそうに見せ続ける。
自分が惨めであることを受け入れるのはむつかしい。
しかしあなたが否定し続けると、あなたは少しずつ、あなたの気付きから切り離されてゆく。
OSHO
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ここで言っている地獄とは、隠し続けてきた自分です。
こんな自分なんていないよと否定したくなる自分です。
「私がそんなことするわけないでしょう!」と他人に見せかけようとする自分です。

しかしこの地獄を抱えたままだと、いつまでも認めてもらえない自分が、地獄から手を伸ばしてくるのです。
「私を忘れないで!」「いい子のフリばかりしないで」「こんな自分も私だと認めなさい」

そのような邪険に扱ってきた自分と、早く和解しましょう。
「わかったいい人のフリをして、こんなの自分じゃないと言い続けてきたことをもうやめます。」
「良くも悪くも、これが私なのだから」
どこに行こうと、私はくっついてきます。
よい子の自分だけでなく、虐げられた自分も一緒にどこまでも付いてきます。

だから、和解するしかない。消えてくれと行っても消えはしないからです。

虐げられてきた自分も、認めてもらえたとわかれば、抵抗をやめます。
これ以上、あなたを悩ますことはなくなるでしょう。
そして、無視してきたその私が、実は重要な私自身の柱でもあったときが付くかもしれません。
私には縁がないといっていたこと、でもそれをやって見たら自分が生き生きしてくるのを発見するかもしれないのです。

「いままでずっと認められなくて寂しかったよ。だから意地悪をして気を引こうとしたんだよ。」
そう思えたとき、私の一部が自分の中に統合されます。
自分の中の迷惑だと思っていた人は、もういなくなるのです。

そして、多くの場合、隠してきた自分を、すっかり投影した外部の誰かがいたことでしょう。
その人は、あなたが、苦手な人だと思い、近寄らないでいようとしてきた人なのです。
もう、その人たちも、あなたを悩ませる人ではなくなるでしょう。
なぜなら、映し出してきた元のあなたがもういなくなったからです。

恐れや不安への間違った挑み方~どこまでも戦わないこと!

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恐れや不安への間違った挑み方~どこまでも戦わないこと! - Yahoo!知恵袋

恐れや不安は消し去ることは出来ないでしょう。

たとえば、いくら頭で考えて怖れる必要はないとわかったとしても、急に身体に危険が及ぶことが起きたり、あるいは身体のどこかが痛み出したりすれば、たちまち頭で考えていた安全など、どこかに吹き飛んでしまうかもしれません。

そして身体の反射的な反応は、私たちが意識して制御しようとして出来る、範囲を超えていることが多いのです。
何も起きなければ、泰然自若でいられると言っても、ちょっとした出来事がおこれば、そんなものを吹き飛ばしてしまう。

だから、恐れを消し去ろうなどと考えずに、それとうまく付き合っていく方法を考える方が、自然であり、また現実的でもあると言えるでしょう。

怖れに対する抵抗や防御が行きすぎると、何が起きるかわかりますか?
それは、恐怖症と呼ばれるものになるのです。
恐怖症には、強迫的な行為が伴うことも多いでしょう。

それでは、恐怖症の問題とは、普通よりも恐がりだから起きることなのでしょうか?

じつは、ある部分で、むしろ逆のことをやろうとするから、恐怖から逃れられなくなってしまうのです。

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つまり、恐怖症の人は、普通よりも恐れを起こさせる出来事に抵抗しようとする度合いが強い。
充分に抵抗し、対策を講じれば、怖れそのものがなくなったり解決出来ると信じて、たえず怖れに立ち向かおう(あるいは逃げているようでも忘れられない)としてしまうのです。

ところが恐怖というものは、外側になにか実体があるというものではなく、受け手の心の中で作り出されたもの。つまり実体がないから、いくら抵抗しても消し去ることは出来ない。
むしろ、抵抗すればするほど、恐れの対象(と思っている)ものは、より兄弟になっていくように見えてしまいます。

現実は怖いものではない。現実だと勘違いしているものだけが怖いのだ。
逃げるから余計に怖くなる。意を決して、正面から向き合えば、なんだこれだったのかとわかる。
『幽霊の正体見たり枯れ尾花』なのです。


ある意味で恐怖症は、普通の人より恐怖に果敢に挑もうとしてしまうことから生じていると言えるでしょう。しかし、そのやり方がどこか間違っているのです。


怖いからといって、どうにもならないことに、やけになって挑んでも仕方がない。


そこには、良い意味のあきらめを持たなければならない。
負けを認めて、屈服する気にまでなれば、次のステップへの道が開けて、新しい意欲が生まれてくるのです。
中途半端に負けを認められずに執着しないことです。


そして、立ち向かっても良いことは何もないとわかれば、他のことに目を向けるのも立派な選択です。


~風車に敢然と立ち向かうドンキホーテ~
それは、一つ間違えば、見当違いの抵抗であり、無駄な努力になり、無謀な挑戦でしかなくなってしまうのです。

どれだけ抵抗するのか?
どこまでやったら、身を引くのか?
そして、欲しいものは何が何でも手に入れると思いすぎない。
このバランスが大切です。
知足と知止を知ることです。
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