★怒りを長引かせない方法
<https://www.facebook.com/note.php?note_id=129561693790450>
まず怒りという感情はどのようなときに起こるものでしょうか。
もともとは自分が災難を被った、被害にあった状況で起こってくるのが怒りの感情ですね。
それはもともとは被害を受けた自分が、それ以上被害を受け続けないように自分を守ろうとする為に備わった感情なのかもしれません。
つまり、怒りを感じて相手に対して反撃に出るという行為に付随した感情とでもいいましょうか。
身を守ろうとして反射的に感じる行為の一部としての感情は、いくら抑えようとしても抑えきれるものではないかもしれません。
しかし、私たちは反射的な怒りの後に、いつまでもその怒りを維持してしまう傾向がありますね。
そこでは、反射的な感情ではなくて、その感情をいつまでも長引かせる自分の中での心の働きが存在するわけです。
たとえば、怒りの相手を「あんなことをする人間は許せない。このままにしておくべきではない。」というような考えをいつまでも繰り返しているわけです。
そして最初の反射的な感情は別として、この部分は自分次第でコントロール可能になると言えるでしょう。
心の働きとしては、自分が災難を被った「被害者」であり、その原因を作った自分を攻撃してくる「加害者」がそこには登場するはずです。
具体的な「加害者」が存在しない場合には、自分が「被害者」ではあってもそれほどいつまでも怒りは続かないことが考えられます。
荘子の「空っぽの舟」という話をご存じでしょうか。
自分の乗っているボートに他のボートがぶつかってくる。
とっさに、怒りを感じて「誰だこの野郎!」と思う。
しかしこの場面で、もしぶつかってきた舟に誰も乗っていないとわかったら、それでも君は怒り続けるかね?
といった内容の話です。
この話から気がつくように、怒りの感情を維持するときには、特定の加害者を想定しているものだと考えられます。
そして「加害者」が「被害者」である自分に迷惑を与え、「加害者」に非があるから罰してやらないと気がすまらないと思っている時に怒りが続くのです。
さて、ここまで考えてくれば、怒りを長引かせないためには、上記の必要な条件を崩してやれば良いのではないかと思い至るでしょう。役割に入り込まないで、外側から見られたら、怒りから脱却できそうです。
まずは「加害者」を考えます。
怒っているときは、加害者が自分の被害の原因であり、しかも故意にそのような攻撃を自分に仕掛けたと思っているわけです。
「故意の攻撃というのは本当に確実だろうか?」
・相手は自分を攻撃するような立場にある?
・自分がかってに攻撃を受けたと思っていないだろうか?
という点をもう一度チェックしてみます。
攻撃を受けるような客観的な要因はないとわかってくれば、自分が脚色してしまっただけかもしれないと思えてくるかもしれません。
そうすると、では「相手は何でそんなことをしたんだろう?」と考えを切り替える余裕が生まれます。
たとえば「もともと、誰に対してもそういう行動をとりがちな人なのかもしれない。」と思えたら「個人的に被害を受けた」という印象は変化してくるでしょう。
また、すぐに攻撃的になる人とは、何かを怖がっている人であるという見方をすれば、立場は逆転して、自分の方が何とかしてあげようという気にもなってきます。
その人は他の行動をとれない何らかの事情を抱えていたのだと考えられるのです。
「加害者」というレッテルをやめて、相手も状況の「被害者」だったのかもしれないという視点に立てば、怒りはいつのまにか収まってくるでしょう。
次に「被害者である自分」をチェックしてみましょう。
自分の普段の対人関係における姿勢を冷静にチェックしてみましょう。
・自分は「被害者」であるという立場をとりやすい傾向はないだろうか?
・他の人は自分を攻撃してくるものだと見る傾向はないだろうか?
わたしたちは、普段から自分の好みのストーリーを作り上げて、外の世界を見ている傾向があります。
◇自分は他の人に助けてもらう必要がある、あわれな「被害者」だと思いがちな人。
◇自分は他の人を救わないといけないだ。みんな危なっかしくて見てられないからと思う人「お節介やき」。
◇世の中は間違った人間が多すぎる。自分がそのような人を正していかないとならないという「裁判官」的な人。
そして、怒りの感情を長引かせやすいのが、「被害者」を演じやすい人や、正しさを追求したくなる「裁判官」なのです。
普段から自分のこのような傾向を正直に見つめていれば、「加害者」対「被害者」の関係に入り込まなくなりますから、怒りの当事者になることも少なくなります。
瞬間的に怒りを感じることは、前述のようにいつまでも消えることはないでしょう。
それを自分にはそんなことはないと無理をして聖人になったような真似をしても、結局怒りをため込んでしまうことにつながります。
そんな無理なこと目指すのではなくて、不要な怒りの継続を止めることに努力する方が、現実的で実りも多いものになるでしょう。
それには、「被害者」を演じるのをやめること、また正しさを振りかざす人になろうとしないことです。
それと、「人は変えられない、自分は変えられる」という原則を忘れないことも大事だと思います。自分が何か言ったからといって相手がすぐ変わるということは期待できません。
変わったとすれば、たまたま相手が変わるタイミングにいたからでしょう。
その時期が来なければ人は変わらない。
変わってくれないからと自分が責任を感じることは、やがて新しい怒りを作り出すことにもつながります。
★窮屈な姿勢と嫌な感情
<https://www.facebook.com/note.php?note_id=131725166907436>
私は首を片方に傾けるくせがあるようです(笑)。
人に言われないと気づかないんですが、写真を見ると確かに偏っています。
私たちは、窮屈な姿勢をとらざるを得ない状況だと、何とか身体をそれに合わせようとしますね。
しかし、その状況から解き放たれたら、のびをして元の状態に戻します。
ところが、この場合もくせになることがあって、もう身体を合わせる必要がないのに、何となくその姿勢をとってしまうのです。
ところで、姿勢だけでなく、私たちはその人特有の感情傾向を持つものですが、それを形作っている中に、おなじみの「嫌な感情」というものがあります。
ここで「嫌な感情」と言っているのは、表向きの説明が何であれ、じわじわと私たちに苦痛を感じさせるような感情という意味です。
この「嫌な感情」というのも、くせのようなもの。
先ほどの窮屈な姿勢にたとえると分かりやすいように思います。
最初は、窮屈な場所に押し込められて、しかたなく不自然な体制をとるわけですが、解放されると元に戻ります。
ですが、何かのきっかけでその姿勢がくせになっていくと、外側の状況がどうであろうと、自分からその体制をとってしまうのです。
「嫌な感情」も元はといえば、今まで生きてきた中で、むりやりそのような感情を持つしかない状況を経験したのでしょう。
無理な姿勢から解放されるのと同じように、最初はその感情はその場で完結して後を引くことはなかったのです。
ですが、いろんな理由から同じ感情を自分の中で引き起こしやすくなってくると、状況にはそんな理由がなくても、「嫌な感情」を自分から作りだしてしまうことがあります。
その場合、その人が感じるのは、自分からその感情を呼び出しているのにもかかわらず、原因は外にあるように感じます。
「また嫌な気分だ。世の中嫌なこと(人)が多いね。」といった具合なのです。
しかし、無理な姿勢が元に戻そうと思えば直せるのと同じで、「嫌な感情」というのも、どこかから突然わき出してくるものではなく、自分で消し去ることも出来るのです。
それには、まず自分がそういう感情傾向を持っていることに気づいて意識してみることです。
次に、それは「誰か(何か)のせいで起きてきた」と考えないで、自分が作りだしているものだということを納得できるまで調べて見ましょう。
「怒らせる人がいるから、自分はいつも嫌な気分にさせられる。」のではなくて、「私が怒っている」と認めることです。
それが納得できないといつまでも、その悩ましい感情とおつきあいしなければなりません。
なぜかといえば、それが外からやって来ると信じ込んでいるのですから、自分では変えようがないのです。
また同じようなことですが、勘違いしやすいのは、「人生というのは嫌なこともあるもの。この感情も我慢しないといけないもの」と思って納得してしまうこと。
中には避けられないこともあるでしょうが、自分で「くせ」にしてしまった感情をくりかえし引き出しているということの方が、むしろ多いのではないかと思います。
手放せるものは、大事に抱えていないで根こそぎ消し去ってしまおうと決心することです。
それから、3つめとして「嫌な感情」というのは、どこかで拾ってきた「くせ」のようなものであって、本来の自分が持っていたものではないことをはっきり知っておくことです。
もともと、そんな感情など自分がいつも持ち続けるような対象ではなかったのです。
役目を果たしたら消えてもらっても、ちっともかまわないのです。
しかし、そういった感情をなんとかしようと取り組みはじめると、すぐに抵抗が働きます。
抵抗するのは、今まで慣れ親しんだものを壊させまいとする、習慣の塊、エゴとか執着の働きです。
「それは必要な感情だよ。消し去ってはいけないよ」と言い出します。
「なぜかというと~だから」という理由をまくし立てて、何とか阻止しようとしてくるのです。
ですが、それはくせに過ぎないのですから、騙されないで不要な感情は作り出さない(湧いて出るのではない)と決心すること。
いつもとっている姿勢を変えると、最初は変な感じがしますが、気にとめないで楽な自然な姿勢こそが本来のものだと信じるのです。
手放していくにつれて、その言葉で説明しにくいやりかたを感触で覚えていきますから、どんどん楽に手放しが出来るようになります。
やがて、やっかいなボス感情とでもいうものも、決して本来の感情ではないと見破って、振り向かずに放り出してしまうことが出来るでしょう。
自分と正直に向き合うことは、やっかいで、怖くて、つい後回しにしてしまうものです。
私は別にまにあっています、それよりも目の前のことが大事とばかりかけずり回っていることも、調べてみたら、かなわない思いに突き動かされていることばかりなのです。
表向きは大丈夫と言いながら、一人になるとしつこい不安がいっぱいというのが普通なのです。
中には「ポジティブ!ポジティブ!」とスローガンのように唱える人もいますが、営業として割り切ってやっているのならいいですが、本来の自分と同一視してしまうと、こじらせて心の病を引き起こしかねません。
「そんなものはない」と言えば消え去るわけではないのが感情というものです。
嫌わないで正面から向き合えば、ごまかしではなしに、不要な感情に付きまとわれることはなくなります。
それには、何も特別なものはいりません。
その存在を無視しないで認めるだけでいいのです。
だだし、その時に説明しようと思ってはいけません。
だたその感情のままを感じ取ることです。
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心理療法005:感情と親しくなってみよう001
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